忘れたいと思いながら、私はあいつが病んでいる様子を確かめたかった。
見てみたかったのだ、あの女の弱っている様を。
ホラーの名手、青山濫明が描く人間の深い闇と業。
【立ち読みサンプル】
河合さん、と帰り際に係長に呼び止められ、嫌な予感が胸をよぎる。
喫煙所に手招きされ、二人で示し合わせたように煙草に火を点けると、ふわりと紫煙が舞い、換気口に吸い込まれていった。しばし、ただ黙々と煙を吸う、吐くという単純な動作を互いに繰り返す。
係長が何を言おうとしているかは、薄暗い部屋で肩を落とす中年男の申し訳なさそうな、かつ厄介なことから逃れられる安心感と半々になっている微妙な表情で見て取れた。
【続きは本編で!】
この物語の主人公は、見なくてもいいモノを見に行った。
世の中には見なくてもいい、いや、見ないほうがいいモノが確かに存在するのだ。
怪談や怪異は本来、そうしたものだろうと思う。
背筋がゾクリとする。
それは我々が生物学的に本能として獲得した、『危険』を知らせる信号だ。もちろん、赤信号に気がつかなかったり、あるいは信号機のない交差点もあるのだが――。
気がついているのに赤信号の交差点に我がもの顔で侵入した自転車は、左折するトラックの後輪に巻き込まれる。
『百目』はそういう話だと思う。
怪異画で定評のある近藤宗臣氏の表紙も、青山藍明の丁寧な描写も、最後まで読者を離さない。
難しい知識もいらない。
とにかく読んでみたまえ。面白いから――
徹底した、細やかな描写の連続に、圧倒されます。
読み進めるうちに、いつの間にか主人公とそして彼女の敵対者とシンクロし、二人の心を同時に味わってしまうという不思議な体験をしました。
読者である私にはあるはずのない「傷」を皮膚に感じ、何度も腕や脇腹をさすり、そこに異常がないことに安堵したものです。
妖しい美しさの漂う表紙絵を、読了後にじっくりとご覧いただくことをお勧めします。タイトルの字体も含めて、味わっていただきたい…。
見返しの写真も、脳貧血起こす勢いで恐ろしく感じました。
読み進めて行けば行くほど、眉間に皺を寄せてしまいます。
見てはならない、触れてはならない、いえむしろ触れたくない、人の醜い部分をこれ以上ないほど徹底的に描かれており、目を背けたくなる衝動に駆られました。
それでも引きこまれてしまうのは、人の不幸を蜜に心が醜くくする登場人物達への制裁を期待しているから――。
このすっきりとした読了感、えぐり方が違うだけでこれは私にとっての水戸黄門です。
しかし、世の中そんなに綺麗じゃない。
これらの正義は悪に染まることはありませんが、朱に交われば赤くなる場合もあるのが現実。
正義が悪に染まり、会心する事なく、瞬く間に醜い心に蝕まれ、最後にやっぱり痛い目に遭うのが藍明ワールド。
それは主人公でも容赦ありません。想像以上の制裁されます。
自分自身の醜い心をお洗濯したくなる、背筋が伸びる作品です。
なんとなく、終わりが見えているのに、どうしても読み進めたくなってしまう……。
この話は、まさに同じ穴のムジナになってしまったわけですが、今の時代、こうなってしまう可能性を秘めた人がたくさんいるように思います。
況や、私もその一人。
この話を教訓に、心の浄化を図りたいと願います。
どうも作者です。
皆様、もったいなさすぎる感想を(涙)
当時「怖いものって、なんだろう」と考えた時期もありまして、このような作品になりました。
表紙がイメージにぴったりです、勝ち誇った顔と傷にまみれた体、目玉。
そしてどことなく色気がにじみ出る、近藤氏の美しすぎる作品にただただもううれしい限りでございます。
ご感想、本当に励みになります。ありがとうございます。
最後に。
見なくてもいいものほど、魅力的に思っちゃうのが、人間の愚かなところなのでしょうか?いろいろ考えてくださると、幸いです。
ではまた。
忘れたいと思いながら、私はあいつが病んでいる様子を確かめたかった。
見てみたかったのだ、あの女の弱っている様を。
ホラーの名手、青山濫明が描く人間の深い闇と業。